腹式呼吸という幻想

私の見解では、腹式呼吸は歌を歌うにあたって必ずしも必要なものではありません。

声の音色や音程を作り出すのは基本的に声帯およびその周辺器官であり、声帯を振動させるための空気の動き(呼気)が、どのような呼吸法によって生じ送りこまれたものであるかは声の質に関係あるはずがないからです。動力はあくまで動力ですから。例えばそれが原子力であれ火力であれ風力であれ、コンセントに送りこまれれば同じ「電気」であるのと同様です。

例えば高音域をうまく出すために腹式呼吸が不可欠だというような見解は明らかな誤りです。高音域に限りませんが、輪状甲状筋などの周辺器官のトレーニングこそが不可欠なのです。

歌にはフレーズの長短があり、強弱があり、アタックの変化もあり、これらを自在にコントロール出来る方が有利なのは間違いありません。呼気の自由度を高くするために、腹式呼吸は「一定程度」有効であり、過度に意識しない限り害はありません。

それよりもっと大切なのは、体全体を使って歌っているという感覚、イメージです。大きく響く声を出そうとすれば尚更であり、元々人間は自分の声を多くの人や遠くにいる誰かに聞かせようと思えば、自然に体全体を使って声を出すようになり、その必要に応じて呼吸法も伴っていくものなのです。これは生物として元々備わっている能力の一つです。

腹式呼吸の確認は「一応」程度でよく、呼吸法だけに頼らず体全体を「鳴らす」感覚、体感を常に持つことこそが大切です。呼吸も実際に息が入るはずもない体の下の部分、例えば足の爪先まで息が入っているという感覚を持つなどして、歌うためのエネルギー、動力を豊富に保持しそれを必要に応じ自在に使いながら表現するという感覚こそ大切だと考えます。

それが必要である場合に、体は自然と腹式呼吸になるのです。

腹式呼吸の重要性は幻想なのです。幻想であればそれを無視してもいいし、逆に自分のイメージに有利になるように利用してもいいでしょう。

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